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STORY 恵南地方にまつわる50の物語

山岡町 陶土採掘地

エメラルドグリーンに輝く採掘場

良質な土が採れる豊かな地層

広大な地に眠る資源も、人間の智慧と努力によってはじめて生かされる。
それを引き継ぎ繋いでいる人達がここにいる。

山岡のグランド・キャニオン??

山岡町・原地区は、恵那山断層の延長部に位置し、豊かな鉱脈を持つ陶土の町として知られている。いくつもの地層が重なり、また入り組んだ珍しい地層で質の良い粘土を採掘する事ができる。

山岡陶業文化センターの裏では、今現在もこの豊富な粘土の採掘が活発に続けられておりトラックで大量の土が運ばれている。その山肌の景色は、アメリカ・アリゾナ州にあるグランド・キャニオンを彷彿とさせる。

そんな採掘場が別世界になる時があるのだ!眼下に広がる美しいエメラルドグリーンの湖が太陽の光に照らされてキラキラと輝いている。白い山肌とのコントラストが更に水の色を引き立てている。
なぜここに美しい湖があるのか?

その秘密は、ここで採取できる土の生成にある。主に採取できるのは蛙目粘土、木節粘土、珪砂という種類だが現在は蛙目粘土のみとなっている。
蛙目土は粘土層の中に大粒の石英粒を含んでいる。そのため雨などで粘土の表面が洗われると石英粒が表面に突起して光り、蛙の目のように見えることからこの名がついたそうだ。
この粘土は花崗岩が風化沈積したもので多量の珪砂と長石、雲母が含有している。太古の昔、海が近かったため塩分を多く含みその成分が雨水や流水と一緒になって流れ出て湖になった。
この湖の地下深くはアルカリ性。地表は酸性で、雨が降ると湖は白く濁り沈殿する。雨は弱酸性のため湖の酸性成分と反応する。この反応により生じた白い沈殿物がアルミナ分を含んでおり、ここに湖の美しいエメラルドグリーンの秘密が隠されている。
アルミナという成分は、宝石のサファイアと結晶がとてもよく似ているといわれ太陽の光などが当たると光が拡散して美しく輝く。
いつも見られる湖ではないだけに、目にする事ができた人は幸運だ。

丸原鉱山の奥深い歴史

原地区の陶業の起源は、天明の時代までさかのぼる。その頃瓦を焼いたとの言伝えがあり、その後江戸時代の末期安政年間に於いて陶業を志す者、春日井政吉、春日井和平、成瀬興左衛門、加藤甚平の4名によって興された。4名はこの地の「陶祖」といわれている。
当時は陶土の消費量もわずかであったが、同じ頃他の地区でも続々と開業し広がりを見せ始めた。
ある程度の規模で採掘が始まったのは、明治20年頃で約30採掘箇所にて東京、山形、石川、三重、愛知、兵庫、長崎まで全国規模で出荷したそうだ。
明治初期に原土販売所を創立して陶土の販売事業を開始した。当時は土を人の肩や馬の背に載せて運んでいたというから驚きだ!その後トロッコに進化したが、陶業文化センターに隣接する陶業ギャラリーでその頃の様子を写真で見ることができる。

技術の進展に伴い窯業界も発展して大正7年には原陶土株式会社を設立し、原のネバ土(粘土の方言)がなければ茶碗は焼けないとまで言われる程になった。
そして、戦後耐火粘土の需要量は著しく増大し企業の合理化を図るためそれまで坑内で採掘していたのを、新機械を導入して露天採掘に切り替えた。
新時代に即対応し、生産の確保に努め鉱山の総合的な開発にも力を入れ、昭和19年に現在の「原陶土産業株式会社」に改組した。
創業100年を期して天恵碑も建立され、その歴史を偲ぶことができる。

次世代へ繋ぐ貴重な資源

現在では創業以来の出鉱量は約730万tで、未だにこの数倍は推定埋蔵量があるそうだ。陶器や電柱の碍子(電柱や鉄塔に取り付ける絶縁体の器具)、タイヤの原材料として活躍している。

地元の子供達は採掘場の名残りを「粘土山」と呼び、手作りのソリで滑ったり粘土の欠片で地面に絵を描いて遊んだり親しんでいる。ここは陶土の町ということを子供達は肌で感じているのだろう。
恵南地域にとって陶土は、かけがえのない資源である。

INFORMATION

名称
山岡陶業文化センター
場所
岐阜県恵那市 山岡町原1105番地1
お問合せ先
0573-56-4567

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