岐阜は地歌舞伎日本一
毎年11月には、「くしはらふるさと祭」が開催され、文化展・産業展と共に、歌舞伎の公演も行われ、多くの人でにぎわう。
地歌舞伎とは、アマチュアの人々が行う歌舞伎のことを指す。演じるだけでなく舞台作りから何から何まで地元の人達が中心になり作り上げる芝居だ。
江戸や大阪から公演に来るプロの役者(旅役者)に憧れた地方の人々は、旅役者に芝居を習い、やがて自分たちで神社の祭礼時などで演じ、楽しむようになったといわれている。
昨今では、子ども歌舞伎が全国各地で盛んに行われるようになり、今まで地芝居が無かった地域でも有志で団体を作り歌舞伎を始める所も出てきた。
全国に約200ある地歌舞伎(地芝居、農村歌舞伎、素人歌舞伎)の保存会のうち、岐阜県には全国最多の30団体があり、昔ながらの芝居を継承している。
串原の地歌舞伎も、その中の一つであるが、岐阜県の保存団体と芝居小屋のマップを見ると、岐阜県南東部に集中していることがわかる。
なぜ、東濃地方で地歌舞伎が盛んになったのだろうか?江戸時代、東濃地方(岐阜県南東部)は街道の交差点で、人や物が盛んに往来する場所だった。そのため、都市の芸能文化が取り入れやすい環境だった。更に、当時の東濃地方は尾張藩の領地で、東濃の木材が尾張藩の収入源であった。そして、軍事的にも中山道は大変重要な街道であったため、民衆の不満のはけ口として芝居の公演は黙認されていたそうだ。