有形遺産
天平宝字年間(757-764)、東大寺の良弁僧正が大船山に聖徳太子御作と伝えられる救世観音菩薩を安置したことに始まるとされる。本堂が建てられたのは天長年間(824-834)で、延喜3年(903)以降、修験道の中心地となった。
鎌倉時代には奥州へ下る途上にあった源義経、弁慶主従が大船山に登って願書を納めて祈願したというが、その後天正の戦乱(1573)によって全ての伽羅を焼失、その約50年後に権大増都(ごんのだいそうず-律令制の下に敷かれた僧位のひとつ)明実と岩村城主の支援により10年余をかけて全域が再建され、さらに安政3年(1856)にも大改造が行われて神社建築となり、現在に至る。
明治維新の神仏混淆禁止によって大船寺から大船神社となった。